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田さんの絵に表現される『緑』が心を癒してくれる。
そんな小原和紙の世界をご紹介します。
「いい絵を作るために工夫することが面白い」 小原和紙(澤田 薫)さん
昭和47年小原の小学校に校長として赴任した時、先生と生徒に授業以外で学びをさせたいと思い、小原和紙を教えることにしました。当時、紙の漉き方は岩木鍬之さんに学び、絵の構図などは山内一生さんに教えていただきました。
孤高の芸術家 藤井達吉翁が戦時中、小原に疎開していた時、若者十数名に紙漉きを教え、その中に岩木鍬之さんと山内一生さんがおられたのです。藤井翁は厳しい方で「『紙漉きと仕事の二足のわらじ』は、いかん。」と常々仰っていたそうです。私も紙漉きを教わった岩木鍬之さんに、「学校の先生を続けるのか絵をとるのか」と迫られて『教員を続けること』を選んだので絵のほうはクビになりました。
20名ほどで始めたクラブ活動では子供たちが無心になって手を動かす様を見て、行動を通して学ぶことは子供達の性格に合っており、頭ではなく手でやることがよいのだと思いました。
昭和51年に寺部小学校で先生とPTAの方に指導しましたが、この中から市民展に出展するようになった方もありました。
昭和54年には飯野小学校でPTAの方に小原和紙を教えるようになり、昭和55年に第1回作品展を開催してから昨年には第45回を数えるまでになりました。飯野では現在でも週1回教室を開催しています。
 
紙漉きは頭ではなく体でやる
子供たちは紙漉きを頭ではなく体でやると申しましたが、まさに私の紙漉きは私の体が覚えています。紙の原料である楮(コウゾ)を水に冷やかして、ゴミをとり、1日煮て、さらにゴミをとり、ようやく染められます。また、糊の微妙な加減も手が覚えています。そして漉きアミなどの道具も全て手づくりです。これは大変ですが、いい絵を作るために工夫することが面白いのです。
平成8年に豊田市民文化会館で『兄弟7人展』を開催しました。これは私の兄弟が小原和紙、写真、古木、盆栽、などの作品を一同に展示したものでした。そもそも父親が茶、花と趣味が多く竹細工もやっていたので、子供もそれを見て育ちそれぞれの趣味を持ったようです。
『趣味』を持つことが人には必要
私は今まで小原和紙をやってきて痛切に感じたことは、自分が生きて行くよりどころにする『趣味』を持つことが人には必要だということです。趣味ですから食べていくのは大変ですし、仕事はしなければなりませんが、生きがいをもてる趣味は絶対に必要です。これからは和紙を使って変わったもの(ウチワ、行燈、ちょうちん、紙人形など)を作っていきたいと思います。

澤田薫氏プロフィール
昭和47年小原村の小学校在勤中に和紙工芸の技術を習得。
児童やPTAの研修会他でその技術を広め、昭和54年には飯野小学校生徒の母親が中心になって同好会が発足。
現在は週に4回指導されながら、自身も作品づくりに励んでおられます。
下記のWEBサイトで作品が紹介されています。
http://www.hm.aitai.ne.jp/~hirohiko/washi_frame.htm

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ヒラサダ東新店で活躍する木工の団体