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仕事以外で道楽を見つけ目標に向かって行く。すると不思議な出会いがあって一応の結果を出すことが出来る
『からくり人形づくりの達人』 からくり津義(山崎津義)さん
 35歳のとき仕事以外で自分らしさをアピールできるものを持とうと思 い、アーチェリーをはじめました。 『大会で入賞』を目標にしていたので、 愛知県民体育大会で3位入賞を果たし、一応の区切りをつけました。
 1977年 模型飛行機のF1D(室内機)は『世界大会に行く』ことを目標に しました。1980年世界大会(アメリカ)27位、1982年世界大会(ルーマニア) 10位の成績を収めることが出来ました。 1984年世界大会(日本)のとき大会のジャッジを務めました。その時、戦前 からの飛行機の権威であった日大の教授から『人力飛行機をやらないか』 と勧められて、その翌年から開発を開始。 そして、1995年 鳥人間コンテストで2位になりました。  また、8年前に特許庁から私の勤めている会社へ社会貢献事業の依頼が あり、現在も模型飛行機で全国の少年少女発明クラブへ『なぜなにレクチ ャー』の出前を行なっています。
 1997年 偶然お会いした三好町在住のからくり関係の方から九代目玉屋 庄兵衛さんを紹介され、指導を受けました。  私のからくり制作は『茶運び人形』、『平成の為朝』のように古くから の物を復元することと、『あれっ。』では男の子なら誰にでもある異性に 対する感情をユニークに表現したり、『平成の忍者“バカボン”』では今 までパパに一度も勝ったことのなかったバカボンが初めて勝つ記念すべき 状況を壁や天井を自在に走る忍者として表しています。  カムや鉛のオモリを組み合わせて、からくり人形を自在に操りたいので すが、なかなか思ったように動かすことが出来ない。それが『次の作品で はやってやる』という気持ちに繋がって行くのです。しかし、いずれも大 それたことではなく道楽でやっていることです。  11月にはからくりの新しいアイデアのためにスイスへ行き、からくり工 房の『オートマタ』、時計・オルゴール・オルガンの博物館を視察してき ました。
 以上のように仕事以外で道楽を見つけ目標に向かって行く。すると不思 議な出会いがあって一応の結果を出すことが出来ました。まさに人と人と の繋がりによって自分の思いが実現する。30年間ずっとそんな思いでやっ てきました。これからも自分が生かされる『人の輪』の中でやって行こう と思います。
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